たとえ彼女が運命の囚われ人でも

好きに生きるだけが人生ではない ~たとえ彼女が運命の囚われ人でも

たとえ彼女が運命の囚われ人でも

風来坊の船乗りで、一人きままに生きてきたヴァルターは、MIGの社長アル・マクダエルの娘として政財界の会合に出席したり、ビジネスランチで歓談したり、懸命にホステス役を務めるリズの姿を目にして、感銘を受けます。そして、上記のように、これまでの自分の生き方を振り返ります。
(第三章の波止場でデートの場面)

傍目には、「お金持ちのお嬢さんがちやほやされて」としか映りませんが、年配の人が集まる堅苦しい会合に参加して、楽しいことなど何一つありません。

気の合う仲間とオープンカフェでわいわいやる方がどれほど気楽かしれません。

それでも自分の立場を自覚し、懸命に務めを果たそうとする彼女の姿に、「自由自在」「好きなことだけ」が美徳ではないことを悟る場面です。

この世には、やりたくもないことを、責任感でやってる人の方が圧倒多数です。

それを奴隷と嘲笑うか、敬意を示すかで、その人の感性が分かります。

たとえ器用に生きられなくても、真面目にやっている人はたくさんいます。

その真面目さゆえに、社会の秩序や平安も保たれているのです。

好きに生きるだけが人生ではない。

決められた役割を全うするのも、同じくらい尊い。

たとえ彼女が運命の囚われ人としても、誰がそれを否定できるだろう。

打ち上げパーティーの『La Mer』や、プラットフォームの取材や、彼女なりに皆の役に立とうと一所懸命に頑張っている姿を思い出し、俺は何かにつけ余りに身勝手ではないかと思った。

第三章 海洋情報ネットワーク

今の世の中、自己主張が得意で、好きな事をして生きている人の方が上等と思われがちですが、そうでない人もいるから、何事も円滑に回っているわけで、相互理解、相互補完あっての自己実現だと思います。

この場合、リズは、自分の定めに従って生きているわけですが、自身の立場や周囲の都合を重んじて、自主的にそうしているわけで、決して意思のない操り人形ではありません。

盲目的に何かに従うのと、調和的に生きるのは、まったく別の話です。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

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