人事とは運命そのもの ~捨てる神あれば、拾う神あり~

『人こそ資本』 深海の鉱物のような人間の可能性と『捨てるな』の精神

人事とは運命そのもの ~捨てる神あれば、拾う神あり~

拾いの神が捨てられた者を拾う時

水深3000メートル下からニムロディウムを含む海底鉱物資源を採掘すべく、アル・マクダエルは洋上の採鉱プラットフォームを建造するが、本採鉱を前に、プロジェクトリーダーが失踪するという憂き目に遭う。急遽、海中技術に長けた潜水艇のパイロットを探し求めるが、海洋技術センターから推薦されたのは、職も失い、故郷にも居られなくなった放浪中のヴァルター・フォーゲルだった。

アルは「人こそ資本」という経営哲学に基づき、深海の鉱物のように計り知れない可能性を秘めた人材を探し求めて、フォルトゥナ号を駆る。

関連のあるエピソード → 世界を変える技術と人間の可能性 産業発展と共存共栄の精神

このパートは海洋小説『曙光』(第一章・運命と意思)の抜粋です。詳しくは作品概要をご参照下さい。

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アルがMIGインダストリアル社を継いだのは一七五年のことだ。父のヨシュアが七十歳で病に倒れたのを機に、アルは三十五歳で社長に就任、五歳年上の姉ダナがMIG執行委員会の会長に就任した。だが、アルに跡取りとしての帝王学を叩き込んだのは、父よりも祖父ノア・マクダエルである。

この「厳めしいお祖父さん」は、MIG会長兼インダストリアル社社長として西に東に飛び回る多忙な父に代わり、やれ読書だ、数学だと、孫二人の英才教育に傾注した。

祖父はアララト山の仙人みたいに面痩せ、膝が痛むと杖を突くようになってからは、ますます浮き世離れして見えた。若い頃は大変な美男子だったが、ファルコン・マイニング社と火花を散らすうち、甘やかなマスクは鉄火のように厳しくなり、ふさふさした金髪は四十半ばで真っ白になった。子供たちには優しかったが、嘘をついたり、掃除をさぼったり、勉強を手抜きすると「お仕置き部屋」に入れられ、難しい本を何冊も読まされた。その中にはラテン語の本もあり、部屋を出る時、名句の一つも暗唱しないと、次の日から算数の課題が一つ増えるのだった。

それでもこの「厳めしいお祖父さん」が一族の尊敬を集め、周囲にも一目置かれていたのには大きな理由がある。
ニムロディウム製錬技術の歴史を変えた『真空直接電解法』の確立だ。

宇宙文明の基礎を成す特殊鋼であり、恒星間航行エンジンや宇宙構造物に不可欠なニムロイド合金は、鉄や銅といったコモンメタルに、ニムロディウム、コバルト、ニッケル、ニオブ、モリブデンといったレアメタルを微量に添加することによって作られる。その匙加減はメーカーにとって門外不出の企業機密であり、マクダエル特殊鋼も多くの技術特許を有している。

しかしながら、手法を確立したところで、肝心のニムロディウムが入手できなければ何の意味もない。そして、ニムロディウムの安定供給の鍵を握るのは、政財界に根を張るファルコン・マイニング社である。また、その系列会社であるファルコン・スチール社とは、ニムロイド合金の情報資産をめぐって係争した因縁の間柄でもあり、こちらの納期が迫ろうが、決算に支障をきたそうが、お構いなしに原価を吊り上げ、鉄スクラップの供給を止めてくる。そればかりか産業省にまで手を伸ばし、電気炉の増設や技術特許の認可まで阻止する執念深さだ。

だが、祖父の怒りに火を付けたのは、ある日、社長室にかかってきた一本の電話だ。

電話の主は、祖父が中心となって推し進める非鉄金属組合の解体を要求し、家族の安全を脅かすような文句を口にした。

祖父はついに堪忍袋の緒が切れ、《技術で目に物を言わせる》決意をした。

それが真空直接電解法だ。

通常、ニムロディウムは自然界において単体として存在せず、酸素と強固に結びついた酸化物として存在する。酸化ニムロディウムを含む鉱物は、みなみのうお座星域の惑星や衛星、隕石からも検出されるが、その含有率は一パーセントにも満たず、三〇パーセント以上ものニムロディウムを含む高品位のニムロイド鉱石はニムロデ鉱山でしか見つかっていない。

またニムロイド鉱石の中間生産物から高純度のニムロディウムを精錬するのは非常に難しく、幾種類もの電気炉や精錬炉を必要とする上、精錬過程で大量の有害物質や放射性廃棄物を排出することから、商業ベースで大量生産できるのはファルコン・スチール社に限られていた。

そこで祖父は、不純物の多い中間生産物からも効率的にニムロディウムを精錬できる技術の開発に取り組んだ。それが真空直接電解法だ。

この精錬システムは、ニムロイド鉱石の中間生産物を電解し、直接的にニムロディウムを抽出するもので、全工程にかかる手間と時間を大幅に短縮し、従来の製造コストの半分以下で九九・九九九九パーセント以上の高純度ニムロディウムを精製することができる。しかも放射性廃棄物を一切排出せず、低品位な鉱石にも市場価値が生まれたことから、業界は諸手を挙げて歓迎した。しかも祖父はその技術を広く開放し、設備投資が困難な中堅メーカーでも精錬システムを導入できるよう計らった。
これにより、ファルコン・マイニング社やファルコン・スチール社に依存していた業界に風穴が空き、脱ファルコン・マイニング社の機運が一気に高まった。

また非常に高価だったニムロディウムが手頃な価格で入手できるようになったことから、航空、建設、電子機器、医療など、様々な分野にいっそうの技術革新をもたらした。

この成功を機に、マクダエル特殊鋼は『マクダエル・インダストリアル社』に社号を改め、MIGを再編し、名実共に新たな第一歩を踏み出したのである。

アルが物心ついた時、祖父はレジェンドだった。

書店には祖父の偉業を称える書物が並び、何十年経った今も真空直接電解法の開発史がTVドキュメンタリー番組で取り上げられる。

全権を長男ヨシュアに委譲し、第一線を退いてからは、公の場にもほとんど顔を出さず、アララト山の仙人みたいに自宅に籠もっていたが、父の話では、個人的な報復を恐れ、陰の相談役に徹することを選んだという。
実際、祖父は質実剛健を絵に描いたような人物だったが、真空直接電解法の成功後はトリヴィアの首都《エルバラード》を離れ、郊外の高級住宅街(ゲーテツド・コミユニティ)に二棟からなる大邸宅を購入した。緑に囲まれた広大な敷地には、トリヴィア屈指の資産家や有名人らが居を構え、万全のセキュリティ・システムが敷かれている。世間から隔絶されたコミュニティでは、夜な夜な快楽に耽る御大尽も少なくないが、祖父は贅沢や特権意識を嫌い、「お前は将来、MIGの将来を背負って立つ人間だ。人の上に立つ者は常に謙虚に学ばねばならない」とアルにも品位や礼節を求めた。

Noblesse(ノブレス) oblige(オブリツジ).(高貴な者はそれにふさわしい社会的責任と義務を有する)

それが祖父の教えの真髄だ。

祖父の高潔な精神と生き様は、アルと姉のダナに強い影響を与えた。

ビジネス会話の隠語としてラテン語を教えてくれたのも祖父なら、合金設計の技術を面白く語って聞かせてくれたのも祖父だ。愚かなことを口にすれば、実妹だろうが、次男の嫁だろうが厳しく叱責し、家族に煙たがられることもあったが、アルは一本芯の通った祖父が好きだった。祖父の話を聞いていると、人間の意思はこの世のどんな権力や財力にも勝るような気がするのだった。

祖父はしばしば言っていた。

「自分が明日死ぬなど、誰も露ほども考えない」

その言葉通りに祖父は死んだ。八十一歳だった。

アルが十二歳になって間もなく、なかなか朝食に姿を現さないので、心配して見に行くと、祖父は自室のバスルームで口を半開きにして倒れていた。夕べ祖父と話した時は、今日もチェスで一戦を交える約束だったのに。

そんな祖父の教えの中で最も心に残っているのが「捨てるな」という言葉だ。

祖父は人間の可能性について論じるのが好きだった。極限まで追い詰められた人間の、劇的な力の発露を信じていた。どんな凡庸な人間も、断崖絶壁に立たされれば、海を割るほどの知力を得るというのが祖父の持論だった。

「人間には無限の可能性がある。自分を捨てることは、一切の可能性を捨てることなんだよ」

事業の要は「モノ」「カネ」「ヒト」。モノとカネには限りがあるが、ヒトには無限の可能性がある。工場の組み立てラインを管理するのもヒトなら、画期的な商品を編み出すのもヒトだ。現場に優秀な人材がなければ、百億の予算も世界有数の設備も用を成さない。

人こそ資本。

それはそのままアルの経営哲学になった。

人それぞれ長所も短所もあるが、アルは深海に眠る鉱物みたいな人間が好きだった。数十億年の星のエネルギーをぎゅっと凝縮したような、意思の強い兵(つわもの)だ。

これぞと思う人材を得る為なら、フォルトゥナ号を駆って、どんな遠くでも会いに行った。

そこに可能性を感じたら、一度は切り捨てられた人材でも拾い上げ、回生のチャンスを与えた。

そうしてアルに見出された者たちが次々に再起の機会を得、予想以上の成果を上げたことから、いつしかアルは「拾いの神」とあだ名されるようになった。

フォルトゥナ号が降り立つ時、必ず誰かの運命が変わるのである。

今回、フォルトゥナ号が向かうのは、トリヴィア最大の学研都市《エンデュミオン》だ。

エンデュミオンはエルバラードから二〇〇キロメートル離れた南西部に位置する。長年『ギガント』と呼ばれる超大型コンテナ船の離着陸場として使われてきた平地だが、三十年前から、トリヴィア政府、民間企業、教育研究機関が合同出資して都市開発を推し進め、今では様々な学校や研究施設が建ち並ぶトリヴィア屈指の学研都市に成長した。

MIGも二十七年前に金属材料研究所を設立し、選りすぐりのエキスパートを集めて既製品の改良や新素材の開発に当たらせている。

だが今、アルが向かっているのは金属材料研究所ではなく、エンデュミオンの外れにあるトレーラー村だ。そこにはアルバイトと奨学金でどうにか生計を立てている下層の学生や、短期滞在の派遣労働者らが安物のトレーラーハウスに住み着き、小さなコミュニティを形成している。元々、資材置き場に使われていた空き地で、エンデュミオンの都市区分にも含まれず、住民法も適応されないことから、一時は不法滞在者やホームレスの溜まり場になっていたが、保安官が巡回するようになってから状況も改善した。

それでも一歩エリアの外に出れば、そこから先はデッドゾーンと呼ばれる裸地で、地熱ジェネレーターも機能しない。うっかり迷い込めば、数分から数十分で意識を失い、そのまま死に到るが、遺体となっても回収されることはない。なぜなら、政府が生命を保障するのは都市圏に限定されており、自発的でも、偶発的でも、圏外に出た者については責任を負わないことを法的にも明言しているからだ。
そんな掃き溜めみたいな場所にアルがわざわざ足を運ぶ気になったのは、興味深い男が半年前から住み着いているからだ。

男の名は、ヴァルター・フォーゲル。

今では宇宙飛行士より希有な深海潜水艇のパイロットだ。

この八月で三十歳になったばかりだが、フランスの海洋技術センターで研鑽を積み、これまでに一二〇回の潜航経験がある。仕事ぶりも熱心で、深海調査では新種の生物や地学的発見に何度も貢献してきた。また潜水艇の技能だけでなく、蘭語、仏語、英語、独語の四カ国語に堪能で、海洋調査船では通訳としても重宝されていたようだ。

ところが年明け、人員整理で解雇され、メールも電話も全く通じず、家族からは捜索願が出されている。アルも法的に際どい手段を使って彼の居場所を突き止めたものの、その態度は素っ気なく、いずれ手持ちの金も底を尽き、不法滞在で逮捕されるのが目に見えている。

にもかかわらず、アルが会う気になったのは、この三十年間、心血注いで打ち込んできた海台クラストの採鉱システムがあと一歩のところで頓挫しかけている為である。

【リファレンス】 拾いの神は捨てられた後にやって来る

  • 誰にとっても、採用 / 不採用、入賞 / 落選、交際OK / ごめんなさい、等々。

    選ばれない苦しみは計り知れないものがあります。

    特に若い時分は、世の浮き沈み(あるいは運勢の上昇・下降)というものを長いスパンで経験することがないので、失恋しては落ち込み、不採用通知を受け取っては人生に失望し、「俺はもうダメだ」と白旗を揚げて、自分の中に閉じこもってしまうでしょう。

    でも、世の中、「捨てる神あれば、拾う神あり」で、聖書にも「誰かが要らないと捨てた石が家の土台になる」という言葉があるように、そんなあなたを必要としている人間もいるんですよ、何処かには。

    廃品回収のプロに言わせたら、ゴミ捨て場なんて宝の山だし、スポーツでも、戦力外通告された人が、コーチを変われば、奇跡の復活を遂げることもあります。

    でも、拾いの神に見つけてもらうには、まず第一に、捨てられないといけません。

    誰かにポイと捨てられ、地に叩き付けられて、初めて拾いの神の目に留まるわけですね。

    なぜなら、拾いの神は、拾うのが仕事だから。

    ところが、多くの人は、自分を捨てた神の裾にすがって、いつまでもしがみつくんですよ。

    「どうしてですか。頑張りますから、もう一度、使って下さい」と。

    捨てる神の裾にぶら下がって、完全に地に落ちないうちは、拾いの神も拾いようがないのに。

    野球に喩えれば、「僕は絶対に巨人軍でプレーしたいんです! 巨人以外はダメなんです!」と無理にでも巨人軍に籍を置いているようなものです。阪神タイガースに行けば、六甲おろしが、あなたを歓迎してくれるというのに。

    もちろん、拾ってくれるなら、誰でもいいわけではありません。

    同じ拾われるなら、極上の神様に拾ってもらわないと。

    その為には、ゴミ捨て場でもよく目立つように、自分をピカピカに磨いておかないといけない。

    努力というのは、次の出会いの為にするものであって、自分を捨てた神を振り向かせる為にするものではないです。

    世の中には、切れた方がいい縁もたくさんあります。

    人や職場に捨てられる時は、実は大きなチャンスだったりします。

    拾いの神と称される、アル・マクダエルに絡めて。

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