デザイナーの心 意匠と形 ~社会への思いやりが都市設計の基盤となる

デザイナーの心 意匠と形 ~社会への思いやりが都市設計の基盤となる

デザイナーの心 意匠と形 ~社会への思いやりが都市設計の基盤となる

社会の希望となるビジョン

混沌とする社会において、人々が求めるのは、心から共感できる指針です。

シンプルで、親しみやすく、なおかつ希望のもてるスローガン。

あるいは心惹かれる鮮やかなビジョン、キャラクター、シンボル、etc。

オリンピックや企業でも「こうありたい」という標語が掲げられますが、それは決してお飾りの理想ではなく、人々が一丸となって、大きな目標を達成する為の掛け声であり、戒めです。何の指針もない集団に一丸のパワーはありません。たとえ綺麗事でも、共通の標語を掲げるのは、意識の高揚を促すとともに、モラルを保つ為でもあると思います。

一方、社会の思想は、都市設計にも現れます。『公共の芸術としての建築と住民の人間形成 安藤忠雄の『連戦連敗』より』にも書いているように、「どう生きたいか(暮らしたいか)」という願いや目標は、都市の作り方にも反映されます。住宅地には安全と快適が、商業地には活性化を促すような工夫が盛り込まれるように、基礎となるフレームワークには社会の意思が反映されます。大多数の幸福と発展を願うなら、そのフレームワークも、それにふさわしい精神の表れでなくてはなりません。言い換えれば、それは作り手の哲学や感性に依るところが大きいのです。

もちろん、理想だけで政はできませんし、清濁併せのむ余裕も必要でしょう。

だとしても、フレームワークは社会の理念を映し出すものであって欲しい。

歪んだ器に暮らせば、人の心もまた歪むのです。

【小説の抜粋】 デザインする心と社会への思いやり

長い試練を経て、ヴァルターは息子のルークと水上ハウスに暮らし始める。
一方、リズはEOS海洋開発財団の理事長として再び公の場に姿を現し、世間を驚かせる。
新たなスタートを切った二人の目に映るのは、水際に暮らす庶民の不安と、頼りになる導き手を失って混乱する社会の様相だった。

そんな中、ヴァルターはアンビルト・アーキテクトの精鋭、ジュン・オキタのオフィスを訪れ、初めて『リング』の鳥瞰図を見せる。

関連のあるエピソード → 誰がアイデアを形にするかで、この世は変わる ~人の意思と品性がアイデアの価値を高める

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十二月一日。ヴァルターは仕事帰り、ジュン・オキタが代表を務める『スタジオ・ユノ』を訪ねた。
スタジオといっても正規の社員はデザイナー三人と事務員三人だけ、あとは制作補助を行うアシスタントや学生インターンが出入りし、たまに雑事も請け負うような感じである。
それでもCGデザインの世界では名の知れた存在で、三人のデザイナーも各々の名前で食べていけるほどの腕前らしい。最近では映画美術や企業広告など、建築以外の分野でも注目を集め、小さな所帯ながら注文は目白押しだそうだ。
スタジオはマリンユナイテッド社から三キロほど離れた市街地の外れにある。建物はキュービックスタイルの二階建て、大きなガラスの開口部と黒い鏡面仕立てのフレームが美しい。
彼が訪問した時、事務員は既に退社しており、メインのアトリエにはデザイナー一人だけが居残り、『キャンパス』と呼ばれる大型の電子ボードに向かっていた。ちらと顔を見たが、オキタと同年代の男性で、デザイナーというより大型ハーレーのライダーみたいな風貌だ。
オキタは応接室で待っていた。白い革張りのソファに腰を下ろし、シルバーグレーのスラックスを穿いた脚を女のように組んで、足先をぶらぶらさせている。やはりまだ抵抗はあるが、それも個性に違いない。
彼は室内をぐるりと見回し、「ずいぶんシンプルな作りだね」と切り出した。
「スタジオというから、いろんな写真や模型が飾ってあるかと思ってた」
「田舎くさいのは嫌いなの。あれこれ飾ったところで能力に磨きがかかるわけじゃなし、かえって掃除や管理に気を遣って、集中力を削がれるだけでしょう」
「それはそうだ」
「詳細はおしゃべり熊に聞いたわ。あなたも難儀ね。よりによって、タヌキの父さんを怒らせるなんて。まあ、でもいいんじゃないの。あの人だって百パーセント正しいわけじゃなし、付いていって正解だったのか、誰にも分からないわよ。それで今は港で働いてるんですって? 積み荷の上げ下ろしなんかして楽しいの?」
「楽しいも何も、生きていかないと」
「そりゃ、そうね。皿洗いもトイレ掃除も好きで天職にする人はないわね。それで話って何なの。マリンユナイテッド社で働きたいの? それとも生活費の無心?」
「まさか。先日、ペネロペ湾のアイデアコンペの詳細を目にして、アンビルト・アーキテクトについて聞きたいと思っただけだ」
「アイデアでもあるの?」
「……」
「なによ。この程度で照れ照れしてたら、とてもじゃないけどコンペに応募することなど不可能よ」 
「いや、その……応募したいんじゃなくて、アイデアの有効な使い途を……」
「前置きはいいから、ちゃんと喋りなさい。誰だって自分の作品を無視されるのは恐怖よ。それでも見せなきゃならないの。人に見せる勇気がないなら、最初から口にしないことね。自分のアイデアはこうだと机に叩き付けるほどの気概が無ければ、とてもじゃないけど世間に認めさせることは出来ないわよ」
「……」
「あんたも往生際が悪いわね。見せる気が無いなら帰るわよ。あたしもヒマじゃないんだから」
オキタは尖った革靴の爪先をぶらぶらさせると、彼は消え入るような声で「リング(The Ring)だよ」と答えた。
「リング(The Ring)?」
「そう。リング。二重ダムのリングだ」
「円環状のダムということ?」
「そう。外周ダムを中空の鋼製ケーソン、内周ダムを重力式コンクリートで構成し、内側の海水をドライアップする」
「別に悪くないじゃない。要は田舎の干拓地の円環バージョンってことでしょ」
「そう」
「そして、そのアイデアをずっと心の奥に隠してた? 人に嗤われるのが怖くて?」
「……そう」
「阿呆らしい。人に嗤われたからといって何だというの。何も考えない空っぽのピーマン頭よりマシでしょ」
「それはそうだが」
「それで、そのリングをどうしたいの? アイデアコンペに応募するの?」
「そうじゃない。つまりその……実作と無関係でも、インパクトはあるものかな、と」
「どういうこと」
「実作できないデザインなんて絵空事だろ? たとえば、水深三〇〇〇メートルを高速で走るリニアカーなんて現実にはあり得ない。どう考えてもあり得ないものを『これが未来の交通の在り方です』と主張しても、誰が真剣に聞いてくれる? リングも絶対不可能なアイデアではない、だが、現実に建設するとなれば莫大な費用がかかるし、技術的にも困難だ。そんな絵空事を『アステリアの理想の未来です』と訴えたところで、どんな説得力があるのか。俺にはまるで自信がない。だから迷ってる」
すると、オキタは中国皇帝の落とし胤みたいな切れ長の目をきらりと彼に向け、
「あなた、デザインってものを完全に誤解してるわね。とりわけ、アンビルトのこと。そんな事を言い出したら、デザインなんてみな絵空事よ。一から十まで実用性だけ重視していたら、美も理念もみんな死ぬわよ」
オキタは目の前のローテーブルをこんこんと叩くと、
「あなた、このテーブルをどう思う?」
「そうだね。透明感の高いガラスと、流線型の曲げ木のフレームがマッチして、オフィスにもリビングにも似合うと思う。だが、俺の家では使いたくない。ガラスが綺麗すぎて、かえって落ち着かないし、物を置く度にカチャカチャと音がして耳障りかも」
「そうじゃないの。どこにデザイナーの意匠を感じるかと聞いてるのよ」
「デザイナーの意匠?」
「そうよ。こんなテーブル一つにも、必ずそれをデザインした人間がいる。人間が作るということは、そこに意匠があるということよ。どんな環境を想定し、どんなユーザーを対象にデザインしたか。美観にこだわったか、実用性重視か、一般家庭向けか、オフィス向けか、人間の気配りは、形や色や材質に必ず現れるものよ。そして、あなたの言う通り、このテーブルはファミリー向けには作られていない。それなりにセンスのある一人暮らしの男が、テレビを見る時にビールやリモコンを置いたりするのに好むような色形よ。デザイナーもそれを意識してガラス天板と曲げ木フレームのラックスペースを十分にとっている。正直、もう数センチ隙間が狭い方が見た目にも綺麗なんだけど、何時間もテレビの前に座ってるような男は、モバイル端末だの、読みかけのメンズ雑誌だの、こういう所に置きたがるでしょう。だから、これだけのスペースを取ってるの。他にも、脚をハの字に配してまろみを醸し出している点や、脚の裏側にラバーストップを取り入れている点にも作り手の意匠を感じるでしょう。家具でも、建物でも、一つ一つ、注意深く見れば、デザインした人間のセンスやポリシーがはっきり見て取れる。突き詰めれば、デザインとは心の形そのものなのよ」
「なるほど」
「あなたは自分のリングはつまらないと思ってる。でも、つまらないかどうかは、それを見た人が決めることよ。あなたが自分自身でジャッジすることじゃない。そしてね、椅子やテーブルみたいに実用性重視のデザインならともかく、イベントのポスターや会社のロゴマークみたいに、メッセージ性が問われる絵に関しては、作り手の精神性が何よりも大事。もちろん色形も重要な要素だけども、そんなものは後からいくらでも修正を加えることができる。肝心なのは基礎となるワイヤーフレーム。つまり、あなたの心象よ」
「そうだね」
「よかったら、見せてよ。どんなものを描いたのか。本当に救いようのないアイデアなら、その場で笑って、ハイお終い。だから何なの? 作品を蹴られても、その後も人生は続くのよ」
「それはそうだ」
「あなたって、ヘラクレスみたいに剛胆かと思えば、けっこうノミの心臓なのね。でも、それも個性よ。強いだけが人間の美徳じゃなし。なによ、その顔。褒めてんのよ」
彼は小型リュックからリングの鳥瞰図を取り出すと、怖ず怖ずとテーブル越しに差し出した。
この十年間で初めての出来事だ。
最初は死ぬほど恥ずかしくて、やっぱり止めておけばよかったと後悔したが、もう遅い。
オキタはスーパーのチラシでも見るように天日にかざすと、「こんなもんじゃないのぉ」と評した。
彼がほっと顔を緩めると、オキタはにわかに立ち上がり、「ハニー、ちょっと来て」とアトリエのライダーを呼び寄せた。男性は髭もじゃの顎を擦りながらオキタの手元を覗き込むと、「なんだ、また美術学校の生徒が作品を送ってきたのか」と軽口を言った。
「この人が描いたのよ。GeoCADで、十年がかりで」
「えっ、そうなの。そりゃあ失礼。でも、独学でこれだけ描けりゃ上等じゃないの」
「それでね、ペネロペ湾のアイデアコンペに出そうと考えてるんだけど、あんたはどう思う?」
「ペネロペ湾のコンペか――。こいつはペネロペ湾には無理だろう。アイデアとしては面白いが、湾内に建設するものじゃない」
「じゃ、どうする?」
「好きにすればいいじゃないか。ネットで公開するもよし、コンテストに応募するもよし。どうしようとその人の自由だ。何を遠慮することがある?」
「人に見せるのは恥ずかしいんですって」
すると、男性は肩を揺すって笑い、
「そんなことを言っちゃあ、作品が泣くよ。曲がりなりにも自分で必死に制作したんだろ。だったら人に見せないと。誰でも最初は恥ずかしいもんさ。だが、世間で勝負したければ、それに馴れないといけない。オレ達もいまだにクライエントから文句を言われ、美術評論家に酷評され、ネットでも素人にさんざん悪口を書かれて、毎日つるし上げ。コンテストなんて公開リンチみたいなもんだ。寝る間も惜しんで仕上げた作品を一言でバッサリ、おまけにそれを何年もウェブサイトに晒されるんだからな」
オキタは改めてヴァルターに向き直ると、
「それで、どうしたいの? なかなかいい出来だから、来年の『おひさまコンテスト』に応募すれば、とでも言って欲しいの?」
「それは、その……」
「アイデアを活かすも殺すもあなた次第よ。もう一度、原点に戻って考えなさい。何の為にこれを描き始めたのか。誰の為に必要なのか。一生胸に秘めたまま終わるなら、それもあなたの人生よ。決めるのは自分自身よ」
「アイデア自体の評価は?」
「アイデア自体に良いも悪いも無いの。あたしだって海洋都市の構想なら、二つでも三つでも思いつくわ、スタジオ・ユノのメンバーもそれぐらい朝飯前。肝心なのは、あなた自身がどれだけリングに意義を見出しているかでしょう。自分で信じられないアイデアには何の説得力もないわよ。最高級のペイントソフトで完璧に仕上げたとしてもね」
オキタはリングの鳥瞰図をテーブルに置くと、
「次に見せる時はコンセプトを熱弁できるぐらいになってなさい。ただのお絵描きなら、あたしは要らないから」
彼は鳥瞰図を受け取ると、「考えてみるよ」と小さく答えた。
そうして席を立ち、応接室を出ようとした時、オキタが言った。
「あなたにいい事を教えてあげる。タヌキの父さんが来週月曜日から一週間、ローレンシア島に滞在するそうよ。十一日の金曜日の夜、アイランドマリーナのホテルで退任パーティーに出席、十三日の日曜日、フォルトゥナ号で発つ予定。あたしもパーティーに誘われたけど、興味ないから断ったわ。あなたも運がよければ、タヌキの父さんに会えるんじゃないの。タヌキの姿は隠せても、フォルトゥナ号だけは隠しようがないからね」” type=”application/pdf” width=”100%” height=”800px”>代替コンテンツ

【リファレンス】 

こちらは、未来のGreen House。野菜工場と住居が一体となったユニークな構想です。
実用的かつ美麗で、エコロジカル。絵や動画で、その理念は十分に伝わりますね。

こちらはフランスのパリで構想されている、Smart City。
実際に建設されたら「虫」や「枯れ葉」で煩わされそうな気もしますが、アイデアとしては面白い。

このように、人は何を構想してもいいし、何を表現してもいい。
要は、どこまで説得力があり、公共性に富むか、です。

その他の壮麗な未来都市のイメージ。

地下空間を利用した未来都市のアイデア。天井をガラス張りにし、採光を高めると共に、開放感を醸し出します。

グリーンが美しいけど、手入れも大変そう。

アイデアはユニークだけど、地震の多い都市では絶対に無理ですね。

こちらも物理の法則無視系のアイデア。でも綺麗ですよね。

作中に登場する、『コウテイペンギンの子育て』はこの通り。
身を寄せ合って巨大なコロニーを形成し、南極のブリザードも耐え抜きます。

メスは遠い海まで餌となる魚を捕りに出掛け、お腹の中にたっぷり蓄え、赤ちゃんペンギンに与えます。いろんな子育ての形があります。

このパートは海洋小説『曙光』(第六章・断崖)の抜粋です。詳しくは作品概要をご参照下さい。

第六章・断崖 Kindle Unlimited 版
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導き手を無くした海洋社会アステリアは混迷し、既存企業と新興勢力の対立が浮き彫りになる。新たな資本グループは世界的建築家メイヤーを擁して、富裕層向けの海上都市パラディオンの建設を推し進めるが、庶民を踏みつけにする巨大計画にNOを突きつけるべく、ヴァルターは対案として《リング》を提示する。
Kindle Unlimitedなら読み放題。

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedなら読み放題。
Amazonの海洋学ランキングで一位を記録した異色作。

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