アイデアと可能性 ~今は必要なくても、いつかは誰かが必要とするかもしれない

アイデアと可能性 ~今は必要なくても、いつかは誰かが必要とするかもしれない

アイデアと可能性 ~今は必要なくても、いつかは誰かが必要とするかもしれない

『空想ごっこ』も真剣に考え抜いてこそ

海底鉱物資源の本採鉱を前に、プロジェクトリーダーの失踪という憂き目に遭ったアルは、海中技術に長けた潜水艇のパイロットを探し求め、半年前に海洋技術センターを解雇されたヴァルター・フォーゲルを紹介される。

アルがヴァルターに接触を図ったもう一つの理由は、彼の居場所を突き止める過程で彼のPCを覗き見、円環の海洋都市『リング』の鳥瞰図を目にしたからだった。

これこそ海の星アステリアの未来を変えるアイデアと確信したアルはヴァルターからリングの秘密を聞き出そうとするが、彼は頑なに心を閉ざし、何も語ろうとしない。

ヴァルターがフルカスタマイズのPC、”Leopard”に後生大事に持ち歩く『リング』の鳥瞰図には、13歳の時、大洪水で命を落とした土木技師の父の教えと思い出が込められていた。

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パソコンデスクに向かい、Leopardのトラックパッドに指先を滑らせると、ディスプレイに電源が入り、GeoCADのメインウィンドウが立ち上がった。『キャンバス』と呼ばれるグリッド状の編集画面には、二重の円環ダムで仕切られた干拓型海洋都市の鳥瞰図が描かれている。この十年間、何度も描き直し、これがVer. 8になる。トリヴィアに来てから半年間、寝る間も惜しんで完成させた最後の鳥瞰図だ。
プロジェクトの名は『Der Ring(デル リング)』。父が大好きだったリヒャルト・ワーグナーのオペラ『Der Ring des Nibelungen(ニーベルングの指輪)』にあやかって、そう呼んでいる。
実際、それは世界を統べる指輪のように大海原に輝き、新たな未来を感じさせる。『ニーベルングの指輪』は持ち主に災いをもたらすが、彼と父の描くリングは平安と悦びの象徴だ。二重の円環ダムに守られた海底の干拓地は緑に彩られ、運河で区画された町には人々の笑顔が溢れている。
初めて『リング』を描いたのは十歳の時。父と故郷の海岸で語り合ったのがきっかけだ。
父はドイツのカールスルーエ市で生まれ育ったが、ネーデルラントの堤防に魅了され、大学で土木工学を修めた後、ゼーラント州の干拓地フェールダムで治水局の仕事を得た。
彼が子供の頃、父は堤防や治水について、いろんな話をしてくれた。
「これからは機能だけでなく、美観やエネルギーも考慮した拡張型堤防が主流になるだろうね。Anno Dominiの時代にもたくさんの巨大堤防が作られたが、今はどこも異常気象と施設の老朽化に手を焼いている。築堤を根本から変えるような技術や建材の開発が必要だ。堤防には幾多の人命がかかっている。まさに社会の守護神だよ」
「だけど、どうして自然な水の流れを変えてまで、そこに住もうとするのかな。カールスルーエのお祖父ちゃんがいつも言ってるよ。『海抜の低い所に住めば、水害に遭うのは当たり前だ。そんな場所に好んで暮らす方がどうかしてる』って」
「山好きなお祖父ちゃんは、そう言うだろうねえ。でも、その土地に暮らす人の理由は様々だ。住み続ければ愛着も湧くし、社会的な繋がりもできる。土地への思いは理屈じゃない。自身の血肉だ。君だって、いつか遠く離れたら、フェールダムが一番だと思うようになるよ。その時、自然な水の流れを変えてでも、そこに暮らしたいと願う人々の気持ちが分かるんじゃないかな」
それから、世界中の専門家が考案する未来のダムについて話してくれた。娯楽施設を兼ねたアミューズメント・ダム。発電、淡水化、貯蔵、港湾機能などをもったハイブリッド・ダム。水位に応じて高さや形状を自在にアレンジできる拡張型ダムなど。
「それじゃあ、こんな円いダムはどう? 海のど真ん中に指輪みたいな堤防を築くの。頑丈なコンクリートダムに守られたリング状の干拓地だ。これなら大西洋のど真ん中にも大きな町が作れるよ」
彼が砂の上に大きな円を描いてみせると、
「それは面白いアイデアだね。でも、海のど真ん中に作るなら、一重のダムでは持たないだろう。二重にしてはどうかな。外周ダムは鋼製ケーソンで構築し、内周は重力式コンクリートダムにする。二つのダムの間に幅数十メートルの運河を廻らせて、水量をコントロールするんだ。万一、高波が鋼製ケーソンを超えたり、ケーソン自体に不具合が生じても、運河と内周ダムで海水を堰き止めることができる」
彼と父はいろんなアイデアを出し合い、砂の上にどんどん円環の海洋都市を築いていった。日も暮れる頃には、海上空港や浮体式エネルギープラントなどを併せ持つ一大海洋都市に発展し、新たな時代を感じさせた。
やがて潮が満ち始め、波が徐々に砂の都市を掻き消すと、
「みんな、海の向こうに流されていくね」
彼は淋しそうに呟いた。
「そんなことはない。もしかしたら、この海の向こうに、それを必要とする人々がいるかもしれないよ」
「海のど真ん中の干拓地など誰も欲しがらないよ。狭いし、危険だし、所詮空想ごっこだ」
「どうして誰も欲しがらないと決めつけるんだい? 遠い将来、それこそ何世紀という未来、海面が著しく上昇して、海抜の低い島や沿岸のデルタ地帯に住み続けることができなくなった時、海のど真ん中でも建設可能な干拓都市の構想が必要とされるかもしれないよ」
「そうかなあ……」
「考えてもごらん。産業革命で機械化工業が始まるずっと以前、レオナルド・ダヴィンチは飛行機のアイデアを図案に残している。ガスも電気もない太古の時代でさえ、人々は『どうやったら鳥のように空を飛べるだろう』と考えを巡らせ、絵や文章にアイデアを書き留めてきた。当時にしてみたら、空を飛ぶなど奇想天外だったろう。だが、数世紀を経て現実になった。TVや電話、パソコンやカメラもそうだ。今すぐ実現するかどうかは問題じゃない。それこそ君が言うような『空想ごっこ』を真剣に考え抜いた人がいたから、恒星間航行も可能になったんだ。誰のアイデアも無限の可能性を秘めている。どうせ理解されないからと、そこで考えることを止めてしまったら、それこそ無に終わってしまう。お前もいろんな可能性をいっぱいに秘めた海なんだよ。たとえ君が世界を変えるアイデアを持っていたとしても、それを口にしなければ誰にも伝わらない。だから勇気をもって話してみよう。そうすれば心ある人は必ず耳を傾けてくれる。そして、それが価値あることなら、いつか形になる。もっと自分を信じてごらん。それが創造の源だ」

【リファレンス】 大友克洋のAKIRA『もう始まっているからね・・』

下記URLにも紹介していますが、アイデアの意義を語った作品で、一番心に残っているのが、大友克洋の長編アニメ『AKIRA』のヒロイン、ケイコが口にするこの台詞です。

人間ってさあ、一生の間にいろんな事をするでしょう。
何かを発見したり、造ったり……。
そんな知識とかエネルギーって、どこから来るのかしら?

考えてみたら、不思議な話で、私たちが作り出すモノの源泉は、私たちの目には見えないんですよね。iPhoneしかり、Windowsしかり。

スティーブ・ジョブズに「iPhoneのアイデアって、何所から来たんですか?」と訊ねても、「オレの頭の中」としか答えようがないでしょう。

『攻殻機動隊』でもありましたけど、人が自分の脳を自分で覗き見るわけでもなければ、「意識」というものを形に取りだして、示せるわけでもない。

それこそ宇宙の深淵からエネルギーが注がれるように、私たちの中に何かが閃いて、形と成す。そのプロセスはさながら宇宙誕生の如くです。

無から有を形成することは、たとえ工業製品でなくても、しょぼい詩作でも、1個の宇宙を創生するのも同じことなんですね。

そして、それは、いつ、誰が、必要とするか知れません。

「どうせ、こんなもの」と放ってしまえば、そこでアイデアも死ぬのです。

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AKIRA「エネルギーってどこからやって来るのかしら」

このパートは海洋小説『曙光』(第一章・運命と意思)の抜粋です。詳しくは作品概要をご参照下さい。

第一章・運命と意思 Kindle Unlimited 版
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稀少金属『ニムロディウム』の発見により、宇宙開発技術は劇的に向上するが、世界最大のニムロデ鉱山がファルコン・マイニング社の手に落ちたことから一党支配が始まる。 海底鉱物資源の採掘を目指すアル・マクダエルと潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルとの出会い、生の哲学と復興ボランティアのエピソードを収録。
Kindle Unlimitedなら読み放題。

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
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