発見は己の内側からやって来る

何を見ても『同じ』にしか見えないパイロットにいい仕事はできない

発見は己の内側からやって来る

科学の良心と、恋人リズの身の安全の間で板挟みになったヴァルターに、かつての上司、ランベール操縦士長は、「やりにくいことがあっても、その場に行けるのは『一度きり』だよ」と諭します。

「深海の珍しい生き物も、熱水が勢いよく噴き出すチムニーも、その場で出会えるのは一生に一度だ。もしかしたら、この数世紀のうちに、それを目にする人間は世界中で君一人かもしれない。それくらい稀少で、宇宙的スケールの出会いを、わたしたちは日常的に体験することができる。そうだろう?」

その言葉に、己を取り戻したヴァルターは、明日の潜航調査で何を為すべきか、はっきりと自覚します。

そんな彼にランベール操縦士長は言います。

何を見ても『同じ』にしか見えないパイロットにいい仕事はできない。たとえ目の前に別の宇宙が開けていても、それとは気付かぬものだ。発見はいつでも己の内側からやって来る。

「発見」と言うと、何か新しいものが目の前に現れて、「すごい、すごい」と狂喜乱舞するのが発見だと思いがちですが、新しいものを「新しい」と気付くのは、その人の知識や感性次第であって、何を見ても同じにしか見えない人には、たとえ目の前に新しいものが現れても、そうとは気付きません。

小さな輝き、微かな重み、昨日とは異なる色形、等々。

知識はもちろん、微細な違いを敏感に感じ取る勘や集中力があって初めて、「発見」に至るものです。

それは、さながら、己の内側から閃く如く。

誰かが肩を叩いて教えてくれるわけでもなければ、雲の隙間から光が差して、神の啓示が下るわけでもありません。

発見とは、己の中に十分に熟成した知識と感性がスパークする瞬間です。

それと見分ける知識と、錐のような集中力、常に外側に向かって開かれた、柔軟な感性があればこそ、未知なるものと繋がることができるのではないでしょうか。

潜水艇の操船は、訓練を積めば、誰でもある程度の水準に達することができますが、「何かありそうな所」に到達するには、漫然と覗き窓を眺めているだけでは成し得ません。

ランベール操縦士長が、駆け出しのヴァルターに教えたのは、操船以上に、「何か」に気付く為の知識と感性なのです。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

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