宇宙文明を支える鉱物資源 ~なぜ採鉱システムの技術革新が必要なのか~

宇宙文明を支える鉱物資源 ~なぜ採鉱システムの技術革新が必要なのか

宇宙文明を支える鉱物資源 ~なぜ採鉱システムの技術革新が必要なのか~

鉱物資源と技術と政治

新しい道具を発明して、人々の暮らしをもっと便利にしたいという願いは石器時代から存在しました。

ああでもない、こうでもない、先人らのたゆまぬ努力と工夫があったからこそ、私たちはエアコンやスマートフォンを持つに至ったのです。

技術革新は、時に大量破壊兵器や環境汚染などを生み出し、人を傷つけもしますが、ウォークマンやスマートフォンが庶民のライフスタイルを大きく変え、日の当たらなかった場所に様々な可能性をもたらすことも多いです。

海底鉱物資源の採鉱システムのその一つです。

本作では、完全自動化された採鉱システムの可能性について、技術と政治経済の両面から説いています。

もちろん、現実社会にそっくり置き換えることはできませんが、想像して下さい。もし、日本の近海で、完全自動化された海底鉱物資源の採鉱システムが稼働し、鉱物資源を輸入する側から供給する側に回ったとしたら、産業はもちろん、政治面でも大きな変化がもたらされますね。

そして、それは国際社会から温かく迎えられるでしょうか。

漁業や観光で身を立てている側に影響はありませんか。

そうした想像力が、真に社会に役立つ技術革新に繋がっていくのです。

サービスでも製品でも、新しい、すごいものを作ればいい、というわけではありません。

大量破壊兵器や環境汚染がそうであるように、一つの技術革新が大勢を不幸に陥れることもあります。

前に進むものは、後先を考えなければならない。

技術革新には常に責任が伴うのです。

【小説の抜粋】 宇宙文明を支える鉱物資源

惑星表面積の97パーセントが海洋で覆われた海の星アステリアで、ヴァルターは潜水艇のパイロットとして海底鉱物資源の採掘プロジェクトに携わることを決意する。(参照→ 深海と有人潜水艇 海に広がる豊かな生命の世界

後方支援の拠点であるアステリア・エンタープライズ社を訪れたヴァルターは、アル・マクダエルの腹心の部下であるセス・ブライト専務からローレンシア海域に広がる海台クラストと、採掘が世界の構図を変える可能性についてレクチャーされる。

前のエピソード → 海の惑星アステリアと採鉱計画 ~宇宙文明を支えるものはボロボロになった人の手

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まだすっきりせぬ身体に鞭打って四階に上がり、『senior executive director』のプレートが掛かった重厚なローズウッドのドアをノックすると、ショートヘアの中年の女性秘書が丁重に迎えた。名前はロサ・ケアリーという。
ミズ・ケアリーは秘書室の続きにあるセスの執務室のドアをノックすると、彼を中に通した。専務の部屋にしてはこぢんまりしているが、L字型のプレジデントデスクに大小二台のデスクトップモニターを置き、周辺機器はキーボードとトラックボールのみ、余計な書類やアクセサリはいっさい置かず、日頃の仕事ぶりが窺える。
セスは彼に革張りのオフィスチェアをすすめると、二十三インチの大型ディスプレイをくるりと彼の方に向け、「まず君にアステリアの地理と採鉱事業の概要について説明するよ」と衛星写真を映し出した。
アステリアは丸く磨き上げた菫青石ウォーターサファイアのように宇宙空間に浮かび、ステラマリスとは違った美しさがある。島も大陸もほとんど無く、まるで水だけが絶対零度の空間に結晶したかのようだ。
その中で、北半球の赤道付近に浮かぶローレンシア島とローランド島は、西と東に向かい合う二つの勾玉のように見える。一見、離ればなれの小島だが、どちらも巨大なプレート上に連なった火山起源の高まりだ。大きさは、ローレンシア島が全長五十一キロメートル、ローランド島が全長一〇〇キロメートル。だが、大海原においては二つの豆粒にしか見えない。
「よくこんな小さな島に産業基地を築く気になったな」
「海を有さないトリヴィアにとっては貴重な工業原料の供給地だ。海水から効率的にミネラルや金属成分を回収し、粉末や半製品にして移出している。ステラマリスやネンブロットから仕入れるよりはるかに安価で良質だからね。それに魚や海鳥がなくとも、海は『海』だ。観光地としての魅力もある。今、その価値がようやく見直されているところだ」
「今後の展望は?」
「それは君次第だよ」
セスはローレンシア島とローランド島周辺の3D海底地形図に切り替えた。
海底地形図は十メートル単位の精度で描出され、深さによって色分けされている。深くなるほど青くなり、浅い部分は赤色で表示される。海底にも山や谷や平原があり、惑星規模の地殻活動によって絶えず変化している。もしアステリアの海水が全部干上がったら、目の前にはグランドキャニオンのように壮大な地形が広がるだろう。
ローレンシア島とローランド島の土台になっているのは、『テティス・プレート』と呼ばれる微小大陸だ。東西幅三〇〇〇キロメートル、南北幅八〇〇キロメートル、総面積二十二万平方キロメートルの落花生のような形をした微小大陸で、その基部は平均水深四〇〇〇メートルの海底にある。上空から見れば、ローレンシア島とローランド島は大海原に浮かぶ二つの勾玉みたいだが、その正体は水深四〇〇〇メートルの海底からドンとそびえ立つ巨大な山塊の頂部だ。
「この巨大な山塊は比較的短期間に大噴火を繰り返して形成された。過去にはかなりの部分が海面上に突出していたが、徐々に沈水し、現在、山塊の九十パーセントは、水深数百メートルから数千メートルの海中に没している」
「『海上に突出していた』というのは、どうして分かった?」
「ここから三八〇〇キロメートル離れた北方にウェストフィリアという大きな島がある。ここの土質や堆積岩と地質学的に共通点が多い。またテティス・プレートに連なる北の海山群にはプリンのような形をした平頂海山が多く、大昔には海上に突出し、沈水する過程で山頂が波に削られ、平らになったと思われる。それにパンゲア島周辺の堆積物から大昔の植物らしきものが見つかっている。もっとも推測の域を出ないがね」
「植物?」
「植物といっても、いわゆる草花や樹木の類いではなく、葉緑体を持つ原生生物だ。数千万年前には、海上に突出した島の表面に大量に繁殖し、光合成を行っていた可能性がある。だが、かなり最近に急激に海面が上昇して、何もかも水中に没した。『最近』といっても数十万年か数百万年単位の昔だけども」
セスはさらに海底地形図を拡大し、ローレンシア島とローランド島にフォーカスする。
二つの島の間には幅一五〇キロメートルの地溝のような凹みが存在し、一見、テティス・プレートもこの凹みを境に左右に引き延ばされているように見える。凹みの底部には大小様々な海山や海丘が数珠のように連なり、まるで地底から押し上げられた砂山のようだ。
わけても、ローレンシア島に近接する台形状の高まりは、横幅一〇〇キロメートル、縦幅八〇キロメートル、高さ一〇〇〇キロメートルに及ぶ。さながら海底の谷間に鎮座する、巨大な*1エアーズロックだ。
「この高まりは『ティターン海台』と呼ばれている。凹みに存在する海山の中で最大だ。その基礎岩は、ウェストフィリア島の火山で採取される火成岩と組成が非常によく似ている」
「つまり、大量のマグマの噴出で形成されたということ?」
「今はまだ推測の域を出ないが、大昔、ウェストフィリア島とテティス・プレートが一つに繋がっていた頃、同じ火山活動で形成された可能性が高い。形成された年代は数億年前と推測される」
「逆に、ウェストフィリア島がテティス・プレートから切り離されて、北上したと考えられないか? この星のプレート理論は?」
「さあ、そこまでは」
「なんだ、知らないのか」
「ここはステラマリスとは違う。惑星規模の海洋調査もほとんど進んでないし、詳しく分かっているのはローレンシア海域だけだ」
「よくそれで海底鉱物資源の採掘に乗り出したな!」
「石油やダイヤモンドだって、起源もメカニズムも定かでないのに採掘してるだろう。それもハイテク技術が誕生するずっと以前からだ。乱暴な言い方をすれば、経済において科学的根拠は大した問題ではない。石油やダイヤモンドがどのように形成されたか、百パーセント確実なことが分からなくても、燃料になり、アクセサリーとして売れれば事足りる。海底鉱物資源も同じだ。起源やメカニズムの解明は科学の領域であって、僕らの課題は、どのように生産し、どれだけ利益を上げるかにある」
「実際的だな」
「ビジネスとは、そういうものだよ」
セスは画像を回転すると、ローレンシア島からティターン海台に至る側面図を写しだした。
「これがローレンシア島とティターン海台を横から見た海底地形図だ。ローレンシア島はテティス・プレートの西半分、凹型の地溝のような谷で分断された左側のプレートの縁に乗っている。島の東側の海底地形は二〇キロメートル沖から一気に落ち込み、水深四〇〇〇メートルの深海底に達する。その続きに存在するのがティターン海台だ。ティターン海台は凹型の溝をすっぽり埋め尽くすような形で盛り上がり、海底面からの比高は約一二〇〇メートル、頂部は水深三〇〇〇メートル下にある。全体になだらかな台形で、噴火口などは見当たらない。そして計測が正しければ、凹型の溝と一緒にティターン海台も東西に引っ張られ、年に一センチの割合で横に拡大している」
「再び激しい地殻変動を起こす可能性はゼロ?」
「それを言い出せば、一〇〇パーセント安全な場所など無いよ。ただ一つ確かなのは、テティス・プレートにおいて現在も活発に噴火している海底火山はないし、地震もゼロだ。もっとも、我々が気付いてないだけで、数千メートルの深海では、日夜ダイナミックな動きがあるかもしれないがね。だが、それを調べるには、お金もないし、機材もない。深海調査の高度技能者もなければ、研究する人も僅かというのが現実だ」
「何処(いずこ)も同じだね」
「そうだ。海洋調査は陸上の地質調査と違って、とにかく金がかかるし人手も要る。よほどの勝算がなければ着手しない」
「にもかかわらず、ティターン海台のニムロディウムを採掘すると決めた理由は?」
「そう、それが肝心だ」
セスは、幾つかのニュース記事やドキュメンタリー番組の動画を見せながら、この一世紀のうちにトリヴィアやネンブロットで起きたことを簡潔に説明した。
「Anno(アンノ) Domini(ドミニ)の末期、無人探査機パイシーズが、みなみのうお座星域から一つの鉱石を持ち帰った。そこから発見された新元素ニムロディウムが恒星間飛行を可能にし、宇宙構造物の技術を劇的に変え、本格的な宇宙開発時代が幕を開けた。ニムロディウムはさながら魔法の添加物だ。鉄や銅などのコモンメタルに微量に添加することにより、超高温、超高圧といった過酷な環境に耐える強力な超合金を作り出す。有害な宇宙線も完全にシャットし、耐性も驚くほど高い。まさにスーパーマテリアルだ。だが、時代遅れな宇宙開発法の隙を突いて、ファルコン・マイニング社が惑星ネンブロット最大のニムロデ鉱山を手中に収めてから世界の構図が変わった。本来、自由と公正の証しである『宇宙の領土はいかなる国家にも属さない』という宇宙開発法の解釈をねじ曲げ、ニムロデ鉱山の大鉱床を手に入れて、ニムロディウム市場を独占したんだよ。以来、ファルコン・マイニング社は国際社会を左右するほど強大な力を持つようになった。なにせニムロディウムが無ければ、宇宙船も飛ばないし、宇宙植民地の地熱ジェネレーターも作動しない。供給がストップすれば、トリヴィアの大都市も数週間で機能停止に陥り、宇宙植民地に居住する三億の人間があっという間に死滅する。いわば宇宙文明の命綱だ。そして、この一世紀、鉱業のみならず、政治経済、産業、学界までもがファルコン・マイニング社の影響下に置かれたが、UST歴一一五年、画期的な精錬技術が誕生した。『真空直接電解法』だ。この精錬法を用いれば、低品位のニムロイド鉱石からも高純度のニムロディウムを効率よく精製することができる。開発したのはノア・マクダエル。理事長の祖父で、MIGの基礎を築いた人だ」
「なるほど。一家総出でファルコン・マイニング社に反撃ののろしを上げたわけだな」
「私怨ではない。技術革命だ。ニムロディウムは激しい噴火や大きな地殻変動によって惑星深部から地表にもたらされ、鉱床の大半は地中の奥深くに存在する。高品位のニムロディウム鉱石を採掘するのに、地下数百メートルに坑道を掘り、摂氏四十度近い高温多湿の環境で、重さ二〇キロのマシーンを抱えて何年も岩盤を掘り続ければ、人間の身体がどうなるか、君にも想像がつくだろう。この宇宙文明の時代に信じられないかもしれないが、未だにそうした光景が鉱山の奥深くで繰り返されている。非合法の採掘現場も含めてだ。だが、大量のニムロディウムを含む鉱物が海底から完全自動化で採掘され、より簡易な方法で精製できれば、鉱業も、金属業も、産業全体が変わる。ニムロディウムのみならず、常用金属、希少金属ともに海底鉱物資源の活用が進めば、世界の構図も変わるだろう。我々の目指すゴールは技術による革命だ。そして、ティターン海台の採鉱プラットフォームがそのエポックとなる」
「大層なことで」
「でも、ちょっとはアステリアの海に興味が湧いただろう」
「ちょっとだけな」
セスはモニターをオフにすると、デスクの引き出しを開き、一枚の書類を差し出した。
「機密保持の同意書だ。君も組織の重要な情報を扱ったことがあるなら分かるだろうが、採鉱プラットフォームに関する情報も、職種や階級によってアクセスが厳しく制限されている。特に採鉱システムと海底鉱区に関する情報はトップクラスの機密だ。外部に漏らせば罪に問われるから、そのつもりで」
「だが、アステリアの海底鉱物資源は外部に知られているんだろう?」
「存在だけだよ。どこに、どれだけ賦存し、どのように採掘するかを知っているのはプロジェクトチームの上位スタッフだけだ。製錬方法や合金設計に関してはさらに限られる。一般には『深海の堆積物』ぐらいにしか認識されてない」
「俺の場合は?」
「これから何でも知ることになるよ。だが、その前に機密保持契約書にサインだ」

【リファレンス】 深海の鉱山と海底地形

深海底には地上を遙かに凌駕する不思議で、壮大な地形が広がっています。
海が全部干上がったら、至る所、グランドキャニオンのような景観を目にすることができるでしょう。地上からは決して見えませんが、こうしている間にも、深海底のどこかで溶岩が流出し、ガスが噴出し、堆積物が巨大化し、ダイナミックに生きているのです。

こちらは熱水噴出孔に関する動画。多量の重金属を含む摂氏数百度の熱水が地底から勢いよく噴き上がり、まさに真っ黒な噴煙=ブラックスモーカーのよう。そして、その周囲には、コバルト、亜鉛、マンガン、金といった稀少金属が堆積し、熱水鉱床を形成しています。

こちらは海底鉱物資源=海底熱水鉱床の生成のプロセスや採鉱システムに関する動画です。

■ 海底地形と深海探査

こちらは海山や海溝など、海底地形の成り立ちを分かりやすく描いたショートムービー。

地上の山や谷や平原がそのまま水没したら、現在の海底地形になりますよ……というシンプルなお話。

もちろん、水圧や潮流や火成活動の影響で、地上そっくりとはいきませんが、概観は動画の通りです。

一昔前の海洋調査船は、もっと厳めしい感じでしたが、現代の調査船は、ハイテク会議室あり、高速通信あり、高機能ラボラトリありで、「洋上の研究所」みたいな様相です。そのうち船舶だけでなく、半潜水式のベース型、潜航可能なタンク型など、いろんなタイプが登場するでしょうね。

現実の海底鉱物資源の採掘に対する環境破壊の懸念は「生命の始まりは微生物 産業開発と海の宇宙的価値に掲載しています。

【第二章 採鉱プラットフォーム】 のシリーズ

このパートは海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)の抜粋です。詳しくは作品概要をご参照下さい。

第二章 採鉱プラットフォーム Kindle Unlimited版
5

水深3000メートルの海台に広がる海底鉱物資源を採掘する為、潜水艇パイロットのヴァルターは洋上プラットフォームの採鉱システムを接続するミッションに参加する。採鉱事業を指揮するアルの娘リズは彼に一目惚れするが、彼の態度は素っ気なく..。Unlimitedなら読み放題。

初稿:2019年11月16日 @ 6:09 AM

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedなら読み放題。
Amazonの海洋学ランキングで一位を記録した異色作。

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